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気配りの効いた作画(「アマガミSS」「侵略!イカ娘」が魅せた物)

作成年月日
2011年02月23日 22:55

アニメの作画というのは何せ動いているものなので普段見ている時にはその仕組みについてあまり深く考えないものである。観ている途中に意識が引っ掛かるようではその作画は「失敗している」と言ってもいい。意図的にそう作られた作品を除けば、テレビで毎週放映しているアニメにおいては作画の為に作品がある訳ではなく、作品の為に作画があるからだ。

しかしその域を超えて、初見の時に思わず作画に心奪われた作品が前期二つあった。「アマガミSS」第1話と、「侵略!イカ娘」最終話である。派手なアクションシーンでもなければフルアニメーションでヌルヌル動くカットでもない、ただ当たり前の体裁で描かれた何気ないカットではあるが、その中に込められた演出意図とそれを目に映る物として描いた作画による効果はとても大きく、「当たり前のカット」として流すには勿体無いと思い、いつか全力で褒め称えようとてぐすね挽いていたのである。

まずは「アマガミSS」第1話より全4カット8枚。。1〜2カット目は連続した物で3・4カットはそれぞれ別のシーンから取り出した物である。

最初のシーン、購買で人混みに入れずにおろおろしている女子(1枚目)を見つけた主人公が2カット目(2枚目)の頭で一瞬首を引いているのである。距離にして数p。このさりげない引きを入れたのが演出家の指示なのか、或いは原画家、作画監督の解釈なのか知る由もないが、これを描く、と決めた人間は相当の”好き者”である。確かに少し遠くの物を注視している時、人間の頭部は無意識に「前に出てしまう」のだが、それの戻りをこの距離で描こうという人間はそうそう居ない。そんな事考えもしない人間の方が大多数であろう。

しかしこの「戻り」の効果はそのさり気なさに反して絶大で、主人公の頭が少し前に出ていた事により、彼が下級生の行動に”興味と疑問を持っていた”事がありありと分かる。また、すぐに頭が戻った事で彼が下級生の行動の理由を把握し、腑に落ちた事が明快に描かれる。特に1点目の”興味を持っていた”事を絵で伝える効果は大きく、もし仮にこのカットに戻りが無く、最初から主人公が”まっすぐ”立っていたら、彼のキャラクターは視聴者に幾分”冷めた人間”として伝わる筈である。素晴らしい観察力と洞察力を土台に、主人公の人好きのする部分をたった数フレームで活写したクリティカルなカットである。

3カット目(3〜8枚目)は主人公と会話を交わした後その横をすり抜けながら言葉を続ける上級生女子との別れのカットだが、僅か数歩進む間も相対的に変化する主人公の頭の方に顔を向け続け、すれ違う瞬間に軽く笑って目を閉じた後また流し目で主人公の方に視線を向けながら退場する作画の細やかさが生み出すリアリティは大したものだ。ずっと主人公の方を観たままでも、或いは目を閉じたまま退場したとしても視聴者に伝わるキャラクターはこれとは違った物になる。去り際ににっこり笑って、その後背後から改めて目を忍ばせる一瞬の表情が、この上級生の鷹揚さと小悪魔的な好奇心の強さを完璧に表現していると言っていい。これだけの手間を掛けなければ針の傾きは変わり、これだけの手間をかければ狙ったキャラクターを表現出来ると見切った上で、「手間をかける方を選ぶ」その姿勢には脱帽である。

4カット目(9枚目)もこの上級生のカットだが、廊下で行き会った友人に図書館の”戦利品”を掲げて報告するカットでわざわざ本をごくごく僅かに「クイッ」と傾ける手間で、またこの上級生の無邪気さというか、サービス精神旺盛な性格を余さず表現する事に成功している。たかが数枚の作画と言われればそれまでだが、アニメは「描かない限り動かない」物であり、描くか描かないかの判断はそこで表現されるもの全てを左右する。その手前には「それを描こうと思いつくかどうか」という関門もある為、その二重の関を抜けて描かれたこの「クイッ」が目論み通りに機能している事は賞賛に値する。


次は「侵略!イカ娘」最終話より、イカ娘と栄子(ショートカットの女子)がビーチバレー大会でピンチに陥るシーンである。受けたボールが流れて後ろに逸れてしまい、それを栄子が必死で追うのだが途中で足を捻ってそのまま観客席になだれ込んでしまう。直後突き上げられた足に跳ね返されたボールがイカ娘の所に戻ってきて触手でトスを上げるまでの一連のシーンだが、僅か2フレーム程の気配りがどの位このシーン全体に影響するかを伝える為に動画を2種類用意した。最初の動画がオリジナル版で、次の動画が同じシーンから「2フレーム」カットした動画である。

編集版の方でカットしたのは「観客席から戻ってきたボールをトスしたイカ娘が一瞬まばたきしてボールの出所(観客席)に目をやる部分」である。このカットの最後、僅か2フレームがどう効いているのか良く観て欲しい。

観客席から打ち出されたボールをとりあえず相手コートに返した後、パートナーを心配してそちらの方に目をやるイカ娘の行動は自然である。ここで観客席の方に目をやらなければイカ娘自身が事態を把握してボールを返した事になってしまうからだが、事はそれだけに留まらない。イカ娘はボールを「上げた」ので、ここで目線を戻さなければ次の「太陽に向かって高速で飛んでいくシルエットが」ボールなのかパートナーなのかを視聴者が一瞬判断に迷ってしまうのである。目線を戻す部分をカットした編集版の方を観てもらえれば、その危険性がお分かりいただけると思う
こちらはイカ娘の視線の戻りが描かれなかった場合の動線。イカ娘がボールを上げる時の動線と、その直後、猛スピードで空にすっ飛んで行くシルエットの動線が同じ向きであるため、2つのカットがスムーズに繋がり過ぎてしまい、「シルエット=イカ娘が上げたボール」という誤解を生む。

尺としてはギリギリである。視聴者がこの目線の戻りを「意識して」確認出来るほどのんびりと間を空ける手は取れない。けれども、ほんの一瞬目に映るその目線は確実に視聴者の意識を誘導し、次に映るカットが「上がったボールの方ではなく」「コートに舞い戻って来るパートナー(実際は別人がすり変わっているのだが)」である事を間違えないように機能しているのである。正確に言うなら、視聴者が間違えない為にどうしても入れざるを得ない絵を、的確に入れてきたという事だ。前後の動線を正しく把握し、そこに僅か程の瑕疵も許すまいとするプロ中のプロの仕事である。


こういう仕事。派手なアクションやケレン味たっぷりのコマ撮りや膨大な作画枚数で目を惹くのではない、本当に作品を正しく成立させる為に気を配られたカットが俺は大好きである。勿論この2作品以外にも気配りの効いたカットを擁した作品はあったと思うが、今回は視聴時腰が抜けるほどの衝撃を与えてくれたこのカット達を全力で褒め称える事で、日々アニメを作っている方々、この後に続く作品、そういった諸々に対する感謝とリスペクトに換えさせていただきたいと思う。