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戦闘力のインフレに関する工夫

作成年月日
2007年04月12日 01:40

少年漫画やアニメで散見される戦闘力のインフレ。強大な敵を倒したと思ったら次に出てきた敵はそれよりも強かった。修行や色々な手段で主人公は強大な力を手にして敵を屠るが、さらに強い敵が現れて……という状態を指す言葉だが、「リングにかけろ」や「ドラゴンボール」等のジャンプ系漫画で顕著に生じるこの現象は最初に出てきた敵が、いつの間にか「小物」になってしまう所が非常に切なくて、出来る事なら控えて欲しいと個人的に思っている手管である。

かつての敵が今では雑魚レベルに貶められてしまうのも嫌なのだが、さらにこの現象には根本的な欠陥が潜んでいて「じゃあもし最初に出てきたのが今の奴だったら、どうやっても勝てないじゃん」という指摘を退けられない場合が殆どなのである。どうして主人公のレベルよりちょっと強い相手が「順番に」現れるのか。戦闘自体が仕組まれたものや、ボクシングの様なスポーツの場合は、弱い者から順に出てくるというのは理に適っているのだが、そうではない偶発的な敵の襲来がヒエラルキーに即した順序で行われていると、その一点が説得力を欠いてしまい作品全体のリアリティに影を落としてしまう気がする。

これを回避する為の手段として

  1. 負けても良い状況にして敵の登場順と強さを一致させない(「HUNTER×HUNTER」)
  2. 主人公の強さを増加させない。或いは制約等により一時的に弱くする(「修羅の門」)
  3. 後から出た敵の方が強い理由を考える

といった手段が僅かながらではあるが取られる場合がある。1番目の手管を「HUNTER×HUNTER」で見た時は心底感心した。大抵の主人公はついつい世界の命運を背負って戦う為に負ける事が許されないのだが、この作品の主人公である”ゴン=フリークス”は個人の目的と都合によって戦っているので「負ける事が許される=早い段階で強い敵と遭遇する事がある」のである。勝利という制約から解放されれば敵の登場順はランダムに設定できるのだ。

2番目の方法はインフレ自体を許可しない方法であり、主人公の戦闘力が増加しないという事は”最初から主人公が一番強い”という設定が潜在的にある。「修羅の門」の主人公である”陸奥九十九”は物語が始まった時点で陸奥圓明流という武術を極めており、戦いの中で修行して強くなったり新しい技を編み出して勝ったりしない。引き出しの中身と数は最初から決まっており、後は「何を使うか」という選択が勝敗を分けるのである。また制約によるハンデを上手い事取り入れていて、日本格闘技の頂点に立った後「次は世界だ」とやったら、日本で戦った敵よりももっと強い外国人選手がわらわら出てくるような事態になったと思うが、そこをやらずに「ボクシングのルールで戦わなければならない(蹴りや関節技を使ってはいけない)」という展開に持って行った事もインフレを排除しつつ主人公に苦戦を強いる非常に賢明な選択だったと思う。まだ完結していないので断言は出来ないが「魔法少女リリカルなのは」のシリーズもこの方式に則り、様々な制約を与えつつ「結局なのはが一番強い」というテーゼを守る事に成功していると言えるだろう。

そして3番目の「後から出た敵の方が強い理由を考える」。あまりバトル漫画を熱心に読まないのでこの手段が以前に無かったのかどうか断言は出来ないのだが、今日というこの日までこのやり方にお目にかかった事が無かった。そういう方法自体考えもしなかったのだが、今スカパーのANIMAXで再放送している「デジモンアドベンチャー」が非常に美しいロジックでこの方法を提示した事に感心したのでここに記そうと思ったのである。

「デジモンアドベンチャー」はデジタルワールドという異世界に飛ばされた子供たちがその世界の「デジモン」という生き物(?)と一緒に悪者と戦う物語である。デジモンは幼年期→成長期→成熟期→完全体→究極体といった風に進化して行き、それにつれて戦闘力も強大になっていくというまさにインフレを発生させる為に作られたような設定なのだが、今日視聴した第40話「魔の山の四天王! ダークマスターズ」が、ちょっと感心する内容だった。

ここに到るまでの間に戦場はデジタルワールドから現実世界に移り、主人公たちとそのデジモンは「究極体」にまで進化する事で当面の敵をやっつける事に成功している。「究極体」より上は原則として無いので、再度デジタルワールドに戻った彼らはほぼ最強の存在である筈なのだが、新たな敵は同じ究極体であるにも関わらず主人公達を圧倒するのである。普通に考えればインフレの発生だが、この作品では「なぜ後から出た敵の方が強いのか」という説明がなされた。

この作品の重要設定のひとつに「デジタルワールドと現実世界では時間の進む速度が違う」という物がある。第21話「コロモン東京大激突!」(演出が細田守。主人公の妹である”ヒカリ”の女の情念が匂い立つような傑作である)で初めて明かされたこの設定は、デジタルワールドで何ヶ月も冒険をしたのにこっちに帰って来たら飛ばされた時刻からまだ数時間しか経っていなかったという驚きと共に、その後現実世界に侵攻した敵を追って再度デジタルワールドから帰還する際にも「デジタルワールドで1日くらい出遅れても現実世界では1分位の差で追いつけるのだからまだ間に合う」という様に、折に触れて使われてきた大事な設定である。そしてこの設定がインフレに理由を与える決定的な役割を担う事になった。

現実世界で何日も決戦をしていた間にデジタルワールドでは何年も経ってしまった。主観的には数日ぶりのデジタルワールドで出会った新たな敵が、なぜ勝てないのかという主人公達の問いに「究極体に進化して間もないお前達では叶うはずがない」と言った場面で思わず「ここでこの設定を使うのか」と感心したのである。以前は主人公達を救った「時間の流れる速度の差」という設定が、今度は敵にアドバンテージを与えてしまったという皮肉と共に「インフレを回避するのではなくインフレに理由を与えた」鮮やかな手法に拍手を贈りたい。

今後現れるバトル物の作品にもこれと同程度か、あわよくばそれ以上の工夫を見せて欲しいものである。