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ロックの正体(第4段)

作成年月日
2007年03月30日 00:00

さてブルーノートスケールとは何かと言えば、それはブルース特有の微妙な音程を再現する為に作られた音階だそうである。音名で言うと「ド・レ・ミ♭・ミ・ファ・ソ♭・ソ・ラ・シ♭・シ・ド」となる。おいおいちょっと待て12音の内10音使ってるじゃないか、と突っ込みたくなるが先に触れたブルース特有の音程というのがミ♭とミの間や、シ♭とシの間にある為に、しょうがないので両方使って何とか「中間の音」の感じを出そうという事なんだそうな。ミ♭とミを高速で弾けば間の音が脳内で補完されるという事なのだろう。ギターならチョーキングで一発だが、鍵盤ではこういう手段を採らざるを得ない。よって正確に記すなら「ド・レ・(ミ♭/ミ)・ファ・(ソ♭/ソ)・ラ・(シ♭/シ)・ド」となるのかな。前回の日記で演奏したブルース進行にこのブルーノートスケールで弾いたソロを乗せた物を聞いて貰えれば、その「黒っぽさ」が感じて貰えるのではないだろうか。

ブルース進行:コード+ブルーノートソロ(mp3ファイル)

実際にギターで弾いてみれば確かに例の「T7→W7→X7」進行とこのスケールは良く合う。E長調の曲であるにも関わらずE短調の音階であるm3(ソ)やm7(レ)の音がしっくり来るのである。何故だろう。長調と短調が混在し、コードは属7の和音が鳴り続ける摩訶不思議な音楽。有り得ない。理論がどうこう以前に、耳で聴いた感覚では確かに曲が進行し、解決しているのが分かるのだ。トニック、サブドミナント、ドミナントという機能性が確かにこのコード進行には存在している。全てが長3和音+短7度というドミナント7thの響きでありながら、E7はトニックに、A7はサブドミナントに、B7はその通りドミナントに聞こえるのである。耳を信じるならば理論の方が間違っている筈で、辿り着いた答えは「これは属7の和音ではない」という事だった。ここで各コードの構成音を書き出してみる。

T7135m7
W7461m3
X75724

これら各コードの構成音を順に並べて行くと次の音階が出来上がる。

1 2 m3 3 4 5 6 m7 7

♭5こそ無いものの、ほぼブルーノートスケールと同じである。つまりこれはドミナント7thが連続しているのでは無く、コード部分だけでブルーノートスケールのフィーリングを奏でる為の工夫なのだ。T7が鳴っている時は音階の第3音は長調の「3(E長調ではソ#)」だが、W7の時は「m3(ソ)」を鳴らし、X7が鳴っている時は「7(E長調ではレ#)」、T7の時は「m7(レ)」を鳴らす。一つの調の中で(m3/3)と(m7/7)を扱う為の「T7」であり、「W7」だったのだ。そう考えるとしっくり来る。T7→W7→X7と書いてあるが、これはTmaj7→Wmaj7→X7の進行なのだ。無理矢理機能的に書くのならば

Emaj7(♭7)→Amaj7(♭7)→B7

と書くべきか。本来E7というコードはドミナントを表すわけではなく、ただ「ミ・ソ#・シ・レ」で構成された和音という意味しかない。それを勝手にドミナントの連続だと早とちりした俺が悪かったのだが、これは和声をやった人間を結構な確率で混乱させる部分だと思うので、ここで声を大にして言っておこうと思ったのだ。

「おーい、このE7とA7はドミナント7thコードじゃないんだぞー!」

そうして考えて行くと、このブルースのコード進行は実に面白い。クラシックでも一時的な転調はあるし、ジャズになるとさらに頻繁に転調を繰り返す事も多い。しかし一つの長調と短調をシームレスに行ったり来たりするこの3コードはそれらとはまた違った味わいがある。勿論ジャズにもブルースの影響が色濃く入っているのでブルーノートスケールが良く使われるのだが、それはジャズの目的とは関係ないと俺は思っているのである。ブルースがブルーノートスケールによって成立し、またブルーノートスケールを成立させるために構成されているのに対し、ジャズはブルーノートスケール無しでも成立するし、瞬間的な転調は同主短調への物よりも他の調へ行く方が断然多い。同じ音を主音とする長調と短調を同時に内包する事で、ブルーノートスケール独特のニュアンスを表現する音楽、それが今現在俺が辿り着いたブルースの定義である。

ブルースの解釈がスッキリ腑におちたのでロックの方の「長調の曲にマイナーペンタが使える」理由もスッキリと理解できた。ロックとはつまり「高速ブルース」だったのである。高速でブルース進行にブルーノートスケールソロを乗せるとこうなる。

高速ブルース進行:コード+ブルーノートソロ(mp3ファイル)

そしてブルースが長調と短調をシームレスに取扱うことでブルースフィーリングを構築するのに対し、ロックの方はそこに留まらず、曲の部分ごとに明確に長調から同主短調へ、またその逆へときっちり転調する手法を取り入れたようだ。曲のリフ部分だけ、或いは間奏部分だけ完全に短調になる傾向が「”ど”ロック」には顕著である。この辺の解釈に到った頃、案外アニメのOP、EDにそういう「恥ずかしいほどロック」な曲がある事に気がついた。現在放映中の「Yes!プリキュア5」のEDなど、気持ちいい程長調と短調を行ったり来たりするロックテイスト満載の快曲である。

いくら3とm3、7とm7を使っていいと言ってもその時々でどちらの音を選択するかはシステマティックな作法があるようだ。俺のギターだと失敗している箇所も多いのだが、時間を細かく区切って見て行けばその瞬間瞬間はどちらかの調に振れているので、それにあった方の音を選ぶ必要があるのだろう。そんなわけで今現在は「なんとなく分かったような気がするけどまだ弾けない」というレベルにいる訳だが、正直この特性を理解した事でロックを見直したというのが、一番の収穫であった。なんとなく若者の音楽であり、反社会的なテイストで認知された為に「悪ガキの音楽」みたいな印象を持たれていると思うのだが、ファッションの方はともかく音韻情報としてのロックは物凄く高度な事をしているのである。

西洋音楽の屋台骨を作り、自身に恐ろしい程のストイックさを課して音楽の原理を追求したクラシック。独特の音階を表現する為に長調と短調を内包するスケールを和声レベルで統合したブルース。そのフィーリングを戴きつつ、過剰とも言える程再構築された音韻情報と即興性を併せ持つジャズ。そして、ブルースのフィーリングを同主短調への積極的な転調にまで拡大解釈し、あるときはシームレスに、またある時は明確に2つの調を行き来するロック。これが現在の俺の頭の中で暫定的に定義された音楽の正体なのだが、勿論ボーダーはいつでも曖昧で、時代が変われば音楽の中身も変わる。実際今書いたロックの定義を律儀に守っている曲を探す方が難しくなってきている気もするし、この定義自体一方的で浅はかな物である可能性が高い。

しかしそれでも、なんだか分からなかった物の輪郭を知るに到るというのは楽しい事だし、それが思いの外「良いもの」だったりすると嬉しさも2倍である。ロック、いいじゃん。38歳にしてちょっと見直したよ。

(了)